3月8日の早朝のことでした。
寿子は老人養護施設で一人亡くなったようです。
近くに住む伯父夫婦は、毎日のようにお世話しに行っていたようです。
私は今年の2月に一人で寿子の病院を訪ねました。
寿子は夏に意識不明になり、そのまま病院に入院をして半年以上頑張っていましたが、その間口をきくこともなく、黙って逝ってしまいました。
90歳を超えていたのだからかなりの大往生と言えます。
葬儀の日、死に化粧を施された寿子の唇はほんのり桜色で、とてもきれいでした。もともとお肌もきれいで・・・。
義郎に会いに行ったのだなあ・・・。きっと義郎は美しい寿子を喜んで迎えるのだろう・・・。
と、思うと涙がこぼれて止まりませんでした。
「子供たちにとっては厳しい母親。孫にとってはやさしいおばあちゃん。ひ孫にとってはかわいいおばあちゃんでした」
と喪主の伯父が挨拶をしておりました。
孫・ひ孫、来れるものは皆集まりましたが、寿子と義郎を起点に派生した血のつながりはこれほどにも広く流れて行ったのかと驚かされました。
葬儀場の入口には寿子と義郎の写真がスライド形式で流れていました。
その一枚に
あ!
と声をあげてしまいました。
若かりし寿子がリスのショールを巻いてこちらを向いて微笑んでいる写真があったのです。
「あ、これはおじいちゃんが満洲から買ってきたものよ!」
と私が叔父に言うと、叔父は寿子の父と勘違いして、
「父は仕事の関係で北朝鮮に行っていましたが、満州ではないですよ」
と周りの関係者に説明をしていました。
私はそれを訂正するのがなんだか面倒でそのまま黙っていました。
子供である叔父でさえ、義郎が満洲にいた時代を知らないのかもしれない。
だって義郎が満洲にいたのは叔父が生まれる前だもの・・・。
詳細に知っているのは、この「羽衣」を読んだ私ぐらいのものなのだ。
子どもたちである四姉妹兄弟たちは、羽衣を読んだこともないのです。
その存在さえ知らないのです。
だからやはり、なんとか形にしたいと思うのです。
このままでは何の形にもなりませんから、思案中です。
とりあえずは最後まで写し終えて、それからのこととしたいと思います。


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